島時間 その二
波照間島

 波照間島は、台湾に近い日本最南端の島である。早朝、竹富島を離れ、いったん石垣島に戻って、船で一時間で上陸した。朝から空はよく晴れわたっている。ターミナルの売店で幻の泡盛「泡波」のロックを飲んで気合いを入れる。一杯300円。土産用の一合瓶が500円、石垣島では、1000円という値段だ。幻と言うより、飲みやすい泡盛、ちょうど焼酎で言うところの伊佐美のようなものだ。レンタサイクルで港のすぐ西にある浜に向かうと、やがて晴れた空の色さえ濁って見えるほどの乳青色の海が見えてきた。アダンやガジュマルの繁る林の影に場所をとって、二時間ほど泳いだ。平日のせいもあってか人は少なかった。浜で着替え、再び自転車で緩い坂を上った。途中の店で八重山固有のスパイスのきいたカレーを食べると、汗がどっと噴き出し爽快、オリオンビールが瞬く間に体に吸収され、体が悦んでいるという感覚がわかった。島の周回道路を東に走り、高那崎をめざす。片道6qほどで最南端の断崖につくはずだが、道は遠く感じられた。荒廃したようなサトウキビ畑やブッシュが続き、道路沿いの電柱が透視図のような風景をつくっている。日陰のない炎天下の道を走っていると、電柱の影の中に入りたくなった。ブッシュの中にいたヤギがメーと、声をかけてきた。道の分岐点から南に曲がってペダルを踏むと、やがてパイナップルに似た実をつけたアダンの並ぶ道が続き、天文台が見えてきた。日本最南端の高那崎だ。











 島の地平線を辿っていくと、それは珊瑚の隆起した断崖となって、その先にフィリピンへ続く紫色の海原が見えた。水平線は霧がかかったように鈍く見え、茫洋としている。乾ききった喉を潤そうとポツンと建っているあずまやに入り、水筒を取りだした。先客がいた。島の民宿の主人が大阪から来た女子大生二人に「この島のヤギは旨いぞう」などと語っている。あずまやのコンクリートの腰掛けに寝ころんで本を読んでいる人もいた。しばらく休憩して断崖の方へ歩いていった。直下の海の色が凄かった。今まで見たことのない、インクを流したようなコバルト、ウルトラマリーン色だ。最果ての地で見る蒼だった。


 波照間島は海水を淡水化していると、あとで石垣市の人に聞いた。豊かで人口の多い時代もあったのだが、西表島に強制移住させられてマラリアで多くの島民が亡くなったり、人頭税をかけられた時代の苦難は筆舌に尽くしがたいものがあると言う。南波照間島という実在しない島に因んだ伝説がある。重税に苦しむ島民が役人に酒を飲ませて、酔っぱらって寝込んだ隙に、全員船で島を逃げ出す話だ。岸壁に回り込んでくるラムネ色の波濤を見ながら、ふと本で読んだことを思い出したのだった。
 かなりバテてしまって、帰りは集落を通る道を選ばず、来た道を引き返すことにした。
船を待つ間、ターミナルでもう一度「泡波」を飲んでいると、後ろの席から声が聞こえた。島の男が、母親といっしょに氷を食べている男の子に、立派な男になれよと言っているのだった。