一般病棟にて

(飽きてきたでしょう。もうそろそろ終わりますから。)

 どうせいつかは火葬場のけむり
 風に流れて西の空 (南無)

 その「いつか」できれば先にのばしたい

 行けるとこまで生きてみる

 お迎えはいつ来てもいいと患者さん

 無理をするなとお医者さん

 強がりを言いたい気持ちよくわかる

 生にこだわる本音殺して

この頃に書いた手紙から

 ・・・おかげさまで移植手術が成功し、2月26日未明、二度目の誕生日を迎えることができました。そして、3月10日、一つ目の大きなヤマを越えて、一般病棟(まだ個室で管理されている状態ですが)に帰ることができました。
 息子も、まだかなり痛そうですが11日に無事退院しました。
              本当にありがとうございました。
 手術後のICU、HCUの二週間は、予想もしないことが次々に起きてつらいものがあり、また、もどかしい気持ちになったりしましたが、何かある度に家族や皆さんの顔を次々に思い浮かべ、何とか自分自身をコントロール出来たとおもいます。
 皆さんの手前、恥ずかしいザマは見せられませんし、「豊島は根性なし」とでも漏れ伝われば、それこそ会わせる顔がありません。
 自分自身との闘いに勝ち、術後の幻や悪夢、苦痛を克服できたのも皆さんの後押しのおかげだと実感しています。
 今のところ、担当医や看護士さんには、「患者の手本」とまでお世辞を言われていますのでとりあえずほっとしています。カッコつけて頑張るのもリハビリ効果が出て、実際、回復を早めることになっているようです。
 術後、自分の顔と思えないほど膨らんでいた顔もほぼ元に戻り、かなりひどかった内出血も引いて来ています。
10リットル以上も出血する20時間に及ぶ大手術の後ですから、まだ痛みもしますし、身体も自由にはなりませんが、身の回りのことは自分でやり、リハビリに努め、みなさんに三途の川のこっち岸の風景や、もろもろの土産ばなしの出来る日が早く来るよう楽しみにしています。・・・
       3月12日
                 豊島 栄三郎

煙突掃除、胸水排出
 毎日ドレインの「掃除」や傷口の消毒があります。
さて、煙突掃除しましょうか」と
 先生が病室に呼びに来て、処置室でやります。

ドレインの中にさらに細い管を挿入し、管とからだの中の消毒です。
多少の痛さは覚悟していましたが、思ったほどではありませんでした。
縫った後の消毒も痛みはありませんでした。
ただ、左脇のドレインの掃除のときは、毎回小さく「ウッ」と一声出そうな痛みはありましたが、そのたびに、先生は「ごめんなさい」とか「ごめんね」とかやさしい一言を発するのです。
ほんとにやさしい先生で、条件反射のリップサービスではありません。

 胸水は溜まりました。

 4回も抜くことになりました。
」というのはもちろん僕の印象です。その程度は「当たり前」なのかもしれません。
 まず、ベッドに背中を丸めて座り、エコーで水が溜まっている場所を特定します。
そしてどこからカテーテルを入れるかマークをして、準備が終わるまでその姿勢をキープしますが、これが少し長く感じました。
そして、局部麻酔の注射をし(これが結構痛い)、そこに点滴の管のもっと大きい奴を挿入します。注射器で差し込むのですが、管が大きい分、針も太い。
肋骨の下の血管のすぐそばを貫くので、血管を刺してしまう可能性もあり、慎重に進めなければならないそうです。

 先生の緊張が伝わってきました。


不安になる緊張ではなく、慎重に進めてくれているなぁという安心感がありました。
 ふだん話しているときは、冗談も飛ばし、説明もわかりやすく、時にはいい子にしている僕をほめてくれるいい先生ですが、いったんメスを持ったり消毒したりするときは、その一点をじっと見据え、集中して作業を進めます。

 時にはジワーッと額に汗がにじんだりして。

 よく映画でありますが、「メス!」とか言いながら外科医が看護士さんに額の汗を拭いてもらう場面、ホントか嘘か実際を見たわけではないのでわかりませんが、それを思い出して、なんか「格好いいなぁ」、「頼りになるなぁ」という感じでした。

 一点をじっと見つめると、目がつぶらな感じになるのも発見でした。
がっちりした先生なので
 「先生、スポーツ何やってたんですか?」と聞くと
 「デブだからですか?」といって傍にいた先輩医師をあごでしゃくって
 「あの先生、クラブも先輩ですから」いう、そんな先生です。
       たぶん柔道かアメリカンフットボールでしょう。


 最初は左側に溜まり、これは3月2日に150CCを一回抜いてOKでした。左にはもう溜まりませんでした。次に右側に溜まり7日に160CC抜きました。もういいでしょう、と期待していると、また溜まって9日と14日に抜きました。

 しつこい!
 また溜まってきました。しかし、場所と量が微妙で、血管に触れる可能性もありそうで、先生は慎重でした。

 僕は痛いのはいやだからやらないほうがいい。

担当医の松井先生がそばにいた金子先生に、「どうしましょうかねぇ」と声をかけました。
金子先生は「危ないことはしない」と一言。
 ああ、よかった。

 結局、胸水を抜く処置は4回で終わりました。

回目か4回目の時、「さっき女の子に泣かれちゃいましたよ」と先生が言い出しました。
 (なんで先生がそんな告白をするんだ?)
先生と仲はいいが、(そんな相談をされてもなぁ)と思いながら(いうのは嘘で)僕が、
 「じゃあ、できないじゃないですか?」というと
 「そりゃ、やらしてもらいましたよ」
  そりゃそうでしょう。
そんなことで躊躇していては外科医はつとまりません。
 「豊島さん、気持ちわかります?」と聞かれたので、
 「うーん、わかりますねえ」
 といいながら、ひそかに「勝った」と思っている自分がいました。
それにしても、まじめな話、痛みに泣き叫ぶ声を聞くのはつらいものです。

痛み止め
 一般病棟に移ったら、とたんに、痛み止めをお願いするたびに
我慢できませんか」と言われるようになりました。

  毎回です、毎回。
 一応はある程度我慢して頼むのですから、正直
じゃあいいよ!」といいたくなりました。

中毒になるのを心配してのことなのですが、「痛く」なったら言ってください、といいながらこうですから、ほんとに「じゃあいいよ」です。(しつこい?)
 同時に、「ああ、手術前に病室で教えてくれたのはこのことか」と気づきました。
患者の症状の改善に応じた看護方針の変更だろうと、一応想像はできます。公務員は何かあるとやいのやいの言われているので同情しますが(現に結構陰口を聞きました)、同じことを言うにも相手の印象を考えればいいのに、と思うこともありました。わざわざ嫌われなくてもいいのに。
前に書いたように、僕の場合は痛みがそれほどでなかったので幸いでした。
                            つづく
             ―次は最後のトラブルといよいよ退院です―